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中の人→しがない大学教員。適度にフィクション。

分野別大学教員になれる確率

 大学教員統計、学校基本調査を利用した一連の調査記事に書き残したことがあるので、少しばかり補筆したい。

 第一に、博士課程入学者数について。最初の「大学教員になれる確率」では、

「各生年の大学本務教員数/(生年+25歳の)博士課程入学者数」を大学教員になれる確率と定義してきたのだが、生年+25歳の博士課程入学者数を全部その生年とみなすのはかなり現実から乖離していることが分かったので、その点について書き加えたい。

 第二に、大学教員統計に採用者(初めて大学に就職した人数)の詳細があるので、それを利用した分析を行いたい。データは3年毎にしか採れないが、直近と1997年度のデータを比較すると、かなりの変化があることが分かった。

 第三に、分野別の「大学教員になれる確率」の推計を行いたい。採用者のデータの中で、分野別の採用前の状況データがある。その中の新規学卒者の採用者数と学校基本調査の分野別の博士課程入学者数を対比させることで、博士課程修了直後の分野別の「大学教員になれる確率」を求める。

 1.と2.に関しては「大学教員になれる確率」の記事の再検証なので、タイトルの「分野別大学教員になれる確率」に興味がある方はスキップして問題ありません。
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1.博士課程入学者数

 学校基本調査では、2003年度以降年齢別の大学院博士課程入学者数を公表するようになった。当該年度の5月1日時点が基準なので、標準的な入学者の年齢を24歳とすると、24歳の入学者数が全体に占める割合は、14~18%に過ぎないことが分かった。

 よって、大学教員になれる確率(年齢別の大学教員数/25歳時の博士課程入学者数(全年齢))は、20歳代後半から30歳代前半では過少に推計されていることになる。

 一方で、各年齢とも24歳以降も博士課程入学者数は増え続ける。例えば2003年度に24歳だった1978年生は、2004年度には25歳、2006年度は26歳…となっても博士課程の入学者が存在する。浪人、留年、民間就職等様々な背景を抱えた院生がいるので当然ではある。そして、30歳代、40歳代、50歳代…と徐々に少なくなるが、入学者は増え続ける。

 1978年生から1984年生まで、年代ごとの入学者数を足し合わせていくと、年齢別の入学者数が公表されている20歳代(21歳以下から29歳まで)を足し上げると、その入学者数は、各年代とも標準的な入学年次の入学者数の56~61%に達することが分かった。

 30歳以降のデータは5歳刻みになるので、5歳分の合計の5分の1をその年度の入学者数として足し上げていくと、30歳代までの合計(21歳以下から39歳まで)の入学者数は、各年代とも標準的な入学年次の入学者数の80~86%に達することが分かった。

 よって、各年代とも40歳以降であれば、「25歳時の博士課程入学者数(全年齢)=年齢別の博士課程入学者数」としても(依然として過少ではあるが)、それなりに近似する。

2.大学本務教員採用数

 一方で、分子の大学本務教員数は、全てが大学院博士課程進学者なのだろうか?

 学校教員統計調査では、3年毎ではあるが、大学本務教員の採用数の詳細なデータを提供している。

 直近の2015年度のデータでは、大学本務教員に採用された(ここでの採用の意味は、「初めて大学教員に採用された」の意)12,101人のうち、大学学部卒業が3,730人(約31%)、修士修了者が2,207人(約17%)を占めている。年齢が高い実務家教員が学士というのはあり得るのだろうし、分野にもよるが、若手でも学士、修士で教員に採用される例は見たことがある。

 但し、若手の修士修了は多くが博士課程在学中、若しくは満期退学であり、若手の学士教員は殆どが実務経験を買われての助手採用で、少なからずの人が大学院に籍を置いている。これらの人はいずれ博士課程に入学する(若しくは在学中)であろう。

 採用段階では学士、修士の人も、博士課程在学中若しくは採用後に博士課程に入学する人もいるので、採用のデータと比べれば、大学教員に占める博士課程経験者の割合は相当程度に高まるのではなかろうか。 

3.男女別年齢別の大学本務教員採用数

 大学教員統計調査では、年齢別男女別の大学本務教員採用数も公表されている。3年毎というのが残念ではあるが、時系列で追うことで、ある程度の傾向が分かる。

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年齢別性別大学本務教員採用数及び女性の割合(1997年度)

 

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年齢別性別大学本務教員採用数及び女性の割合(2015年度)


 上図は1997年度、2015年度における、年齢別性別大学本務教員採用数及び女性の割合である。

 大学本務教員採用数は、1997年度の9,333人から、2015年度の12,101人と約30%増加した。その間男性の採用数は、1997年度の7,582人から、2015年度の8,191人と約8%増加した一方で、女性の採用数は、1997年度の1,751人から、2015年度の3,910人と約123%増加した。女性教員の採用数は急増しており、当然のことながら前回の記事の内容と整合的である。

 年齢別に見ると、採用数が最多だった年齢は、1997年度が29歳、2015年度が31歳となっている。採用人数が400人を下回る年齢も1997年度が37歳、2015年度が40歳となっており、平均年齢も1997年度が35.8歳から2015年度には38.9歳と上昇していることから、全般的に採用年齢は着実に高齢化している。

 かつては大学教員の(初職)採用の限界は35歳といわれていたが、直近のデータから見る限り、採用の限界は40歳前後まで上昇していると言えよう。

4.分野別大学教員採用数

 大学教員統計調査では、分野別の大学本務教員採用数のデータも公開されている。残念ながら、3年毎で男女別のデータは無いが、採用の傾向が分かる。

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分野別大学本務教員採用数

 上図は、分野別の大学本務教員採用数の推移である。分野で最多なのは全体の半分を占める保健分野(医学・歯学・薬学等)で、1997年度が4,887人から2015年度は6,291人と約28%増加した。しかし、先程述べた全体の伸び率約30%と比べると若干下回っている。

 2015年度で採用数が1,000名を超えているのは、工学(1,157名)、社会科学(1,092名)、人文科学(1,082名)で、伸び率は工学が約11%の減少、社会科学が約28%の増加、人文科学が約11%の増加となっており、これらの分野も全体の伸び率を下回っている。

 全体の伸び率を上回っているのは、教育学が約189%増加、芸術学が約90%増加、理学が約31%増加であり、その他は約10倍に増加している。

 この分野別大学本務教員採用数のうち、新規学卒者の人数に注目する。

 採用の高齢化も影響しているのか、採用者の背景は、多岐に渡っており、民間企業や官公庁出身者、ポスドク新規学卒者以外の人の割合は、2015年度で9割近くに達する。卒業後の研究経歴や実務経験を持つ人の採用が多数を占める中で、卒業したばかりの学士や修士が教員に採用される蓋然性は低いであろう。よって、新規学卒者(の採用者)は学士、修士は少数で、博士課程修了者が多数を占めると類推出来る。

    

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分野別大学本務教員採用数(新規学卒者数・全体に占める新規学卒者の割合)

 上図は、分野別大学本務教員採用数のうち新規学卒者数及び全体に占める新規学卒者の割合を示したものである。先に見たように、大学本務教員数の採用が増加傾向にあるにも関わらず、新規学卒者の採用者数、全体に占める新規学卒者の割合は低下傾向にある。全体に占める新規学卒者の割合は、1997年度が約20%だったのが、2012年度には、約9%にまで落ち込んだ。2015年度はやや持ち直したもの約11%と1997年度の半分程度になっている。

 新規学卒者の採用数でも見ても、減少傾向にあり、特に2009年度、2012年度は急激に落ち込んでいる。2000年度から2006年度が大学院重点化世代にあたり、博士課程入学者数が17,000人を超えたこともあり、大量のオーバードクターが存在した時期だと類推出来る。オーバードクターと新規学卒者が競合することで、新規学卒者の採用者が抑制されたのではと思われる。

5.分野別大学教員になれる確率

  4.で求めた分野別大学本務教員採用数のうち新規学卒者数と博士課程の標準年限である3年前の博士課程入学者数の対比を求めることで、分野別大学教員になれる確率を求めたい。

 最初の記事で求めた大学教員になれる確率の定義は、「年齢別(生年別)の大学教員数/25歳時の博士課程入学者数」であった。2.で述べたように、25歳で博士課程に入学する者は2割弱だが、30代までに25歳時の博士課程入学者数の8割強までに達する。よって、求めた値は、年齢別の平均的な「大学教員になれる確率」である。

 一方で、今回求める分野別大学教員になれる確率の定義は、「当該年の新規学卒者の採用数/3年前の大学院博士課程入学者数」である。3年前に入学した博士課程院生が3年後の当該年にどの程度の割合で大学教員に採用されたのかという「(分野別の限界的な)大学教員になれる確率」を求めているという違いがある。厳密に言うとこの採用者数には、2年以内に博士課程を修了した者及び4年以上博士課程に在学して修了した者が含まれるのであくまで目安である。

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分野別大学教員になれる確率(新規学卒者の大学本務教員採用数/3年前の博士課程入学者数)

 上図は、分野別大学教員になれる確率を示したものである。新規学卒者の採用者数が減少した2009年度、2012年度は、採用者数が大幅に増えている教育、芸術以外の分野は値が小さくなっている。

 2015年度には、やや持ち直したものの、大学院重点化前の1997年度と比べると全般的に低下傾向にはある。 

 分野別に見ると、採用数そのものが減少している工学は1997年度が約17%だったのが、2015年度には約8%と半減している他、採用数が大幅に増えている保健はそれ以上に博士課程入学者数が増えて同様に半減している(1997年度:約17%→2015年度:約8%)。

 人文科学は大学院重点化前から確率が低く(1997年度:約12%)、2012年度には5%弱にまで落ち込んだ。2015年度は2000年度水準である約8%まで持ち直した。

 社会科学は大学院重点化前の1997年度には約3割が採用されていた。大学院重点化の影響を受け2012年度には、約6%にまで落ち込んだものの、2015年度には約13%と2003年度の水準にまで持ち直している。

 合計を見ると、大学院重点化前の1997年度が約15%だったのが、2009・2012年度は6%台、2015年度は持ち直したものの約8%である。大学院重点化が一段落した2010年代にあっても、博士課程進学者にとって、大学教員の採用は厳しいままであることが伺える。

6.最後に

 5.で求めた分野別大学教員になれる確率は、前に求めた大学教員になれる確率よりは大学院生や教員にとって、体感に近い数字なのではと思う。

 特に博士課程の進学者にとっては、どの程度の確率で大学教員を含めた職業研究者になれるかは切実な問題である。大学院拡充化の負の側面が多く報道されるにつれ、当然進学の動向に大きく影響を与えている。

 1997年度の採用の対比として使った1994年度の博士課程入学者数を基準とすると、2018年度の博士課程入学者数は、25%増加の14,903人であった。しかし、分野別にみると、保健(54%増加)、社会科学(16%増加)、教育学(143%増加)等採用が堅調な分野では、博士課程入学者数が増加している一方で、採用が厳しい人文科学(17%減少)、理学(22%減少)、工学(6%減少)、農学(25%減少)と大学院重点化前の水準より減らしている分野も多い。更に詳細をみると、文学(62%減少)、史学(58%減少)、生物(50%減少)等大学院重点化前の半減という分野も目立つ。

 将来的に教員ポストと大学院生の需給関係は改善に向かう可能性が高いが、一方で大学院生の大幅な減少は、その分野の研究の衰退に繋がりかねない。大学を取り巻く状況が厳しさを増す状況の中で、今後大学の研究水準の衰退が、院生の減少、研究者(候補)の減少という人手不足の形で顕在化する可能性は高いのではなかろうか。