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中の人→しがない大学教員。適度にフィクション。

私立大学定員割れ拡大の背景を探る

 既報の通り、2021年度の私大の定員充足率が99.8%とついに100%を割り込んだ。原因については各所で報じられていることを要約すると、「コロナ禍で志願者減⇒入学者減⇒地方・小規模大学が定員充足率低下」という感じだろう。別にこれに異を唱えるつもりはない。

 しかし、地方・小規模大学の定員充足率の問題は、ゴールデンセブン(1986年から1992年までの7年間)以降の年代において、ずっと言われ続けたことである。一方で後述するが2018年を境に18歳人口が急減する通称「2018年問題」は、大学業界人なら誰でも知っていることで、このような事態が到来することは予期されていた。

 この予期されていたというのが重要で、地方・小規模大学はこの20年程ずっとサバイバル戦略を取り続けていたのである。ある意味、昨年度の定員充足率低下は織り込み済みである。

 一方で、このような大学冬の時代を前に、真逆な動きを取り続けていたのが、一部の大規模私大である。新学部増設等により規模拡大に邁進した。その間、大都市圏大学の入学定員厳格化の影響もあり、目算が狂ったのではと思われるのである。

 一般の企業と同様に、小規模大学の方が経営的余裕が乏しいのは事実である。しかし、大規模私大の方が一度成長路線から外れてしまうと、元に戻すのは大変だというのは、日本の家電大手企業の現在を見るまでもなく自明である。

 折りしも、水道橋の某大学が特捜部案件になり、私立大学ガバナンス強化が政治日程に乗り始めた(ご承知の通り、私大はこの路線にこぞって反対している)。国公立大学がたそがれて久しいが、ついに大手私大も例外ではなくなったのかもしれない。

 基本的にこの論では、個別の大学については語らない。そして、規模がある程度大きな大学(入学定員総数1,500人以上)に中心に分析を進める。

大学を取り巻く環境

 まず、大学を取り巻く環境について確認をしておきたい。データは学校基本調査から取りました。

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18歳人口・大学進学者数・学部進学率

 上表は18歳人口(3年前の義務教育学校の卒業者数)・大学進学者数・学部進学率の推移である。

 18歳人口は2013年度の約123万をピークに120万人前後で安定していたが、2018年度に一気に118万人を割り込んだ。2020年度には117万人を割り込み、以降急速に18歳人口は減少し2023年度には110万人を割り込むと予想されている。一方で、大学進学者数は2011年の約61.2万人から2021年度には約62.7万人と1.5万人増加した。18歳人口が減少しているにも関わらず、大学進学者数は微増しているのだから、当然学部進学率は上昇傾向にあり、2013年の49.9%から2021年には54.9%と5.0%増加した。

 まとめると、18歳人口は減少し今後更に減少、一方で大学進学者数は増加傾向で、学部進学率は右上がりということになる。

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大学進学者(入学者)数設置者別内訳(2011-2021)

 次に、この大学進学者数の増加をどの種別の大学が引き受けたのかをみておこう。国立大学の入学者数は2011年度の約10万人から2021年度は約9.8万人と微減した。公立大学は同じく2.9万人から3.3万人と約0.4万人増加した。一方の私立大学は同じく48.3万人から49.4万人と1.1万人増加した。公立大学の増加は、私立大学の公立化の影響も大きいことを考えると、この10年度間の大学進学者数の増加を引き受けていたのは私立大学ということになる。 

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私立大学入学定員区分別大学数

 以下のデータは「私立大学・短期大学等入学志願動向(私立学校振興・共済事業団)」による。上表によれば大学数は2011年度の572から2021年度の597と27校増加した。入学定員区分でみると、1000人未満の小規模大学は10年度間で17校増加している。1500人以上3000人未満の準大規模大学も14校と増加している。3000人以上の大規模大学も2校増加している。一方で1000人以上1500人未満の中規模大学は8校減少している。

 入学定員区分別の大学数について、注意が必要なのは、年度毎に各区分に含まれる大学は異なることだ。新設大学(増加要因)、大学の募集停止、公立大学化(減少要因)もあり、特に小規模大学は変動は激しい。一方で大規模大学、準大規模大学の中に新設校、募集停止校は少ないはずである。にも関わらず、大規模大学は2校、準大規模大学は14校も増加しており、私立大学の規模拡大路線が垣間見える。一方で中規模大学は8校減少しており、これは小規模大学への移行(入学定員削減)や公立大学化と準大規模大学への移行(入学定員増加)の両方が作用していると考えられる。

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私立大学入学定員区分別入学定員総数

 さて、大学数の推移をみた上で、次に入学定員区分別の入学定員総数をみる。10年度間で17校増加した小規模大学は、入学定員総数の増加は2011年度の16.1万人から2021年度の16.4万人と約0.3万人増加した。総定員は45.2万人から49.5万人と約4.3万人増えており、小規模大学の占める割合は10%に満たない。一方で、2校しか増えていない大規模大学は約1.9万人、14校増加した準大規模大学は約2.9万人増加した。また、8校減少した中規模大学は0.8万人減少した。
 小規模大学は確かに大学数は増えているものの1校あたりでは減少しているので、私立大学の定員拡充に寄与しているのは大規模大学と準大規模大学である。一方で中規模大学の定員が減少しており、この10年度間で規模拡大に走った大規模大学と準大規模大学と定員を抑制してきた中規模大学、小規模大学という構図が読み取れる。

入学者数と定員充足率の推移

 本題である入学者数と定員充足率の推移について述べる前に、平成27(2015)年に出された「平成28年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱について(通知)」という通達について説明する。これは、都市部の私立大学の定員超過が著しいので、定員超過に私学助成をカットするというペナルティを課すというものである。定員超過幅は段階的に厳しくなり、平成31(2019)年度からは定員8000人以上の大学においては、1.0倍を超過するとペナルティ対象となった。結果的に通達の改正により、この1.0倍ペナルティ(大学規模により1.1~1.3倍の定員超過制限は残った)は課されなくなったが、各大学は定員超過に対して厳しい対応を取らざるを得なくなった。

 また、18歳人口の減少も特に入学者数に大きな影響を与える。後述するが私立大学は大学・学部間の併願が可能であり、近年複数学部の併願を容易にする施策を多くの大学が採用し、志願者数は膨張した。しかし、複数の大学・学部に合格しようと入学大学は当然一つである。

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私立大学入学定員区分別入学者数

 上表は私立大学の入学定員区分別の入学者数を示している。合計でみると、2011年度の約48.1万人から2020年度は約50.3万人と2.2万人増加した後、2021年度は約49.4万人と0.9万人減少した。規模別にみると大規模大学は2017年がピークで2021年度は2011年度比0.5万人増の14.9万人、準大規模大学は2021年度は同比約2.0万人増加の12.0万人と規模を拡大させている。一方で中規模大学は同比約1.6万人減少で2021年度は6.2万人、小規模大学は2017年度から規模が増加し、2019年度に17.0万人とピークを迎え、2021年度には16.1万人となった。

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私立大学入学定員区分別定員充足率(入学者数/入学定員数)

 次に定員充足率をみたい。入学定員区分別の定員充足率をみると、まず2016年度までは明らかに小規模大学の定員充足率が低く、大規模大学、準大規模大学は定員充足率が約110%近い水準であった。中規模大学も105%前後の定員充足率で、規模が大きい程多くの学生を集める構図となっていた。

 2017年度以降は、先に述べた定員超過規制の影響で、大規模大学と準大規模大学の定員充足率は低下傾向となり、大規模大学は2019年度から全体としては定員充足率が100%を下回っている。準大規模大学も102%前後まで定員充足率が下がった。一方で中規模大学はほぼ横這いで推移し、小規模大学は定員充足率が100%を超えるようになった。

 2021年度はコロナ禍の影響で定員充足率が全体的に低下した。小規模大学も100%を下回ったが、最低だった2014年度水準と比べればまだ4ポイント程上回っている。大規模大学、準大規模大学、中規模大学の低下傾向は継続しており、定員充足率についてはかなり厳しい状況にある。

志願者数と歩留率

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私立大学入学定員区分別志願者数

 ここまで私立大学の入学者数と定員充足率をみてきたが、志願者数はどのように変化してきたのだろうか?上表は私立大学入学定員区分別志願者数の推移である。先程、大規模大学、準大規模大学では2017年度を境に入学定員充足率が低下したことを指摘したが、志願者数は2017年度を境に急激に増加し、2019年度に442万人と最高を記録した。これは2011年度比約120万人の増加である。そして2021年度は大幅に志願者を減らし、383万人となった。

 入学定員区分別にみると、2011年度と比べて大規模大学はピークの2019年度までに約44万人増加、準大規模大学は同じく約50万人の増加である。大学数が増えている小規模大学も約14.5万の増加、学校数が減った中規模大学も約8万人増加した。

 2019年度をピークに志願者は減少し、2021年度は2019年度から大規模大学は約25万人減少、準大規模大学は約13万人減少、中規模大学は約13万人減少、小規模大学は約6.4万人減少した。コロナ禍の影響もあり、2011年度から2019年度までの志願者増加120万人のうち約半分の約58万人の志願者が減った計算になる。

 定員充足率が下がる中で、2019年度まで志願者数の増加が何故生まれたのか要因を推測すると以下のようになる。第一に定員充足率が下がることによる私大(特に大規模大学、準大規模大学が多く含まれる難関私大)における入試難易度の難化である。入試が難化することにより併願校が増加することによる志願増である。第二に入試制度の多様化による併願の増加である。これらの相乗効果により志願増につながったと考えられる。

 そして、2021年度はコロナ禍の影響もあり大幅に志願者が減少した。入試を多く受けることが感染リスクにつながる以上、やむをえない面もあろう。しかし、志願者数の減少は多くの大学の入学者数に影響を与え、報道によれば少なくない有名私大が定員確保のために大量の補欠合格を出さざるを得なくなった。

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私立大学入学定員別歩留率(入学者数/合格者数)

 私立大学の苦境を表しているのが、入学者数を合格者数で割った歩留率である。歩留率は国公立大学と私立大学では性格が異なる。国公立大学は各日程で1校しか受験できないので、歩留率は高くなり、有名国立大学ともなれば90%超えも当然となる。一方で私立大学の場合、併願が可能になるので、歩留率は低くなる。

 上表は私立大学の入学定員区分別の歩留率を表している。各定員区分において、歩留率は2016年度までは緩やかな低下傾向にあり、2017・2018年度だけやや上向き、その後また低下に転じた。入学定員区分別にみると、規模が大きくなる程歩留率は低くなる。これは、小規模大学においては推薦入試のウェートが高いこと、規模が大きくなるにつれ、入試難易度が上昇し、併願が多くなる傾向にあることが影響している。

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大規模私立大学入学定員・入学者数・合格者数・歩留率

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準大規模私立大学入学定員・入学者数・合格者数・歩留率

 

 上表は大規模大学、準大規模大学の入学定員、入学者数、合格者数、歩留率を表している。大規模大学の入学者数は14万人台でほぼ横這い、準大規模大学は2021年度は約12万人で2011年度と比べて約2.0万人増加した。既に述べた通り入学定員は2021年度までに大規模大学で約1.9万人、準大規模大学で約2.9万人増加しており、2017年度以降年々入学者数と入学定員の差が縮まっている(定員充足率が低下している)ことが分かる。一方で、合格者数は増加傾向にあり、2011年度と比べて2021年度は大規模大学は約13.4万人、準大規模大学は約15.8万人増加している。18歳人口の減少傾向を合わせて考えると、合格者数を水増しして定員確保に奔走する大規模大学、準大規模大学の苦境が明らかになる。

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入学定員区分別平均入学者数(2011年度=100)

 最後に入学定員区分別の平均入学者数の推移を紹介したい。ここで言う平均入学者数とは各区分別の入学者総数を各区分の学校数で除したものである。ここまで紹介した各指標と同様に、2017年度を境に傾向が変化している。小規模大学は入学規模を増加させた一方(学校数が増加していることに留意)で、大規模大学、準大規模大学は入学者数が低下傾向にある。2021年度は、小規模大学も減少に転じたが、2011年度水準と比べれば各区分の中で最も高く、準大規模大学が最も低くなっている。

とりあえずのまとめ

 ここまで私立大学の入学定員区分別の入学者数、定員充足率、志願者数、歩留率をみてきたが、世間で言われるほど、小規模大学が苦境、大規模大学は安泰ではないことがお分かり頂けたと思う。

 2021年度に関しては、これだけ合格者数を増やして漸く定員近い入学者数を確保した大規模大学、準大規模大学の状況をみると、入学者の学力、志願度等に相当な影響がでていると思われる。

 今の所、18歳人口の減少を学部進学率の上昇が打ち消して、大学の定員確保がなされてきたが、学部進学率の頭打ちも近いとなると、いよいよ定員充足率100%割れが常態化するのかもしれない。勿論、小規模大学の生き残り競争も激しくなるであろうが、大規模大学、準大規模大学の学部再編等も避けられないと思われる。