lecturer's blog

中の人→しがない大学教員。適度にフィクション。

大学教員への就職が決まらないとお嘆きのあなたへ

文系の若手研究者向けに続篇を書きました。宜しければこちらもどうぞ。

keizaibakutothesecond.hatenablog.com

1.はじめに

 数日前にとある人文社会系OD(兼非常勤講師)の方の「なかなか(大学専任教員への)就職が決まらない」とのツイートを見かけた。データを見る限り、大学教員への就職の需給状況は改善しているのは拙稿で分析した通り。しかし、そうはいっても大学教員労働市場は基本的に供給超過(求職者が多い状態)であり、求められる専門性も多岐に渡るので、需給状況は分野により異なる。また、研究者の背景も多岐に渡るため、学部生の就職活動における内定獲得術のようなマニュアル化も難しい。

 その人文社会系ODの方はアドバイスが欲しいと言われていた(そのツイートは消去済み)ので、読んで貰えるか分からないが、私なりに思ったことをここに書いてみたい。因みに私は、公募で2回就職が決まり、採用人事に携わった経験は前任校も含めて10回程度である。

 最初に今から述べることは、所詮私が関与したこと及び伝聞のスモールサンプルに過ぎないことを断っておく当方は個人研究が主流の人文社会科学系の教員ですので、チームで研究する理系分野については良くわからない)。

 また、基本的には公募を前提に話を書いている。所謂出来公募というのは存在するが、多くの大学は競争的な公募で採用を決めているはずである。そして、公募を前提にする以上、採用プロセスには多くの人間が関わっている(そうしなければ公平性が担保できない)。採用に携わる関係者の多くの視点が総合的に勘案されて採用者が決まっていることを理解して欲しい。

2.採用側の視点

 大学教員の採用については、採用の仕組みをよく理解することが大事だと思っている。例えば「業績が多ければ採用される」と考えている人は多いと思う。しかし、採用に関わっているほぼ全ての人はあなたの業績を正確に理解出来ない。それを理解して貰うために、(あくまで私が知りうる限りの)大学教員の採用プロセスを書いてみようと思う。

 まず、ほとんどの大学では、教員の中から選考委員会等のような業績を評価する専門家を選出して、選考を進めて採用候補者を決定する。

 次に大学の幹部が選考委員会等が定めた候補者を採用に値するかどうか決める。プロセスは大学により様々で、学長一任もあれば人事委員会で投票する場合もある。

 最終的に採用をするのは、大学を運営する法人となる。法人は人事プロセスにおいては、下部の決定を追認する形を取ることが多いが、それは採用することを決める(人事を発議する)段階で決定権を握っているからである。予算、規則の範囲内でしか人は雇えないから、そもそも欠員を補充するにしても、新たなコースを作るにしても、最終的な決定権は法人にある。

 採用プロセスの中で、意思決定を行う選考委員会、大学幹部、法人は、それぞれの立場で候補者を評価する。つまり、採用側には「選考委員会の視点」「大学幹部の視点」「法人の視点」という3つの視点があり、しかもこの3つの視点が厄介なことに異なるのが大学教員採用(というか人事)の難解なところである。全てが同じ方向を向いている訳ではないし、時として矛盾する。

選考委員会の視点

 選考委員会(名称は大学により様々)は、候補者の業績面を中心に審査をする。業績を審査するのだから、当然募集する(多くの場合は公募)教員の担当科目、専門研究領域に近い人が選考委員会の委員となるケースが多い。

 選考委員会は、候補者のどこを評価するかであるが、第一に研究業績を評価することになる。専門研究領域が近い人が委員となると書いたが、委員の専門研究領域が完全に一致することは稀である。よって、研究業績の評価は論文等の中身の評価もするが、勢い外形標準的な(査読)論文や著書の数による評価に収斂しがちである(候補者多数の場合尚更)。

 また、大学院生の場合は特に単著の本数が問われることが多い。役割分担な不明確な共同研究が主流な(所謂ファーストオーサーという概念が無い)分野において、特に共同研究者が指導教員や著名な研究者だった場合、貢献度が少ない(=研究能力に疑問)と判断される場合もあるようだ(個人的には全てそうだとは思わないが)。

  募集側が意図する研究専門領域と応募者の研究専門領域が異なる場合、選考委員会としては候補として推しづらい。要は研究業績というのは、研究専門領域が合致しての研究業績ということです(後述しますが、仮に主要な専門研究領域が合致しなくても、募集する研究専門領域に論文等の研究業績があれば話は違ってくる)。但し、研究専門領域の要求合致度は大学により様々で、研究手法が全く違っていても募集科目が教えられれば良いという所もあれば(特に教養、リベラルアーツ担当だとその可能性が高い)、研究手法や研究領域にある程度こだわりたいという所もある。当然、こだわりがある所ほど合致度は高く要求される。

 次いで教育経験が評価対象となるが、これは経験の有無が最大の評価ポイントとなる。つまり大学での教育経験無しは評価としては最低で、大学での教育経験が有れば評価は高いだろう。特に募集担当科目と同じ科目の教育経験に対する評価は高い。大学院生であれば、TAやゼミ指導等の経験も評価材料になりうる。専門学校、高校等の教育歴もそれなりに評価はされるのではなかろうか。

 公募の場合、模擬講義を実施するところが殆どだと思うが、ここでも経験の有無が評価を左右するように思う。教え方もさることながら、学部・学科として要求される教育水準、学生のレベルに応じたシラバスの組み立て、テキスト参考書の選定等同業である選考委員からみて、ある程度の水準に達しているかどうかは一目分かるものである。

 大学幹部の視点

 大学の意思決定機関と言えば教授会を思い浮かべる向きもあるだろうが、教授会は諮問機関に過ぎず、意思決定は学長によりなされる。大規模な大学であれば、人事の意思決定を学部長等に権限移譲することもあり得る。

 学長や学部長といった大学幹部における、人事に関しての評価ポイントは、選考委員会等が判断する研究業績や教育経験以外になる。それ以外にさして評価するポイントが無いと判断すれば現場の意見を尊重するということもあるが、実は学長、学部長も評価される立場にあり、一筋縄ではいかない。

 大学は数年毎に外部機関による認証評価を受ける。当然、基準を満たすための人事という視点が出来上がる。教員の年齢構成、定足数の充足(人数と教授の人数)等は認証評価における重要な指摘事項であるので、これを満たすことが最優先となる。

 専門的なことが分からない以上、外形標準的な条件に目が行かざるを得ない。候補者の年齢、経歴は現場以上に評価対象になる。学位の有無と教育歴と年齢を組み合わせて、大学における標準的な処遇から外れる人事は通りづらい。標準的な処遇を外した人事を行うと、学内の他教員(の昇任人事)にまで波及するので、普通は避けたいだろう(昇任基準が緩いところはその限りではない)。

 ほとんどの大学幹部は、一度採用した教員は長く居てほしいと考えている。募集職位に比べて年齢が高い、想定している候補者像より不相応に優秀(逃げられるリスクが高い)等もネガティブ要因として受け取られる感じがする。

法人の視点

 国立大学は、かつて文部省の一機関という位置づけで、教員は文部教官という国家公務員であった。2003年に国立大学法人として独立行政法人化され現在に至っている。建前上、国立大学は法人として独立しているのだが、ご承知の通り文部科学省の強い関与を受けている。また、自由に使える大学の運営経費である運営費交付金が年々減額されており、そのあおりで任期無ポストが減少し(定年退職しても補充が無い、昇任を凍結する)、一方で競争的資金獲得により任期付ポスト(特任〇〇等)が増加する現状にある。さらに年俸制の導入も予定されている。慢性的な財政難を解消するためか、今年に入り一部国立大学が授業料増額に踏み切ったが、それが処遇の改善につながるかはまだ分からない。

 公立大学は、多くは地方公立大学法人として、設置者である地方自治体から独立しているものの、国と同様に設置者の意向は強く受ける。近年、公立大学は、地域政策の核として位置づけられるところも多く、首長の意向により、大学組織改革(短大の4大化、私立大学の公立大学化)、大学・学部の再編・統合・新設等が活発に行われるようになっている。人事に関しては、都市部の公立大学が教員の任期制導入に踏み切り、多くの公立大学が追随した。しかし、教員の獲得競争が激化する中で、任期制を廃止するところも増えてきた。

 私立大学は、設置者である学校法人の教育理念を実現すべく設立されていることから、法人の意向が全てといってよい。私学助成という国からの援助はあるものの、基本的に学納金収入により運営されており、国、地方自治体の援助を受ける国公立大学より財政的な制約は厳しい。また、法人の意向はダイレクトに反映されるので、財政的に厳しければ、非常勤講師、専任教員の削減、定年の引き下げという形で反映される。

 

 18歳人口の減少という大学にとっての逆風が吹く中で、教育研究職の需要が右上がりに増加する局面には無い。但し、各大学とも生き残りを図る中で、戦略的に学部・学科の新設を行っており、局所的に需要超過(大学側の求人は多いのに、人が集まらない)が発生している分野もある。また、前の記事でも述べたように大学院生の供給が減ることで、需要と供給のバランスが近年改善していると思われる(個人的な経験からもそのことは強く感じます)。

 

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3.応募者がすべきこと

 供給側(応募者側)がポストを作ることは出来ないので、基本的には需要(公募)に上手く対応していくしかない。「選考委員会の視点」、「大学幹部の視点」を意識するだけで随分と結果は違ってくる。

 基本的には、大学専任教員初職の場合は、指導教員のコネで押し込んで貰うか(これも今まで述べた通り簡単ではない)、数多く公募に出す他は無いだろう。後者は確率の問題ではあるが、書類選考をパス出来るレベルであれば、「選考委員会の視点」を意識できれば、確率は上がると思う。

 業績があるのに決まらないと嘆く方は多いが、「選考委員会の視点」と「大学幹部の視点」を参考に、自分の弱点を上手く隠す方策を考えたら良いのではと思う。特にマイナーな分野で業績を重ねている方は、自分の研究専門領域のメジャーな隣接分野で、論文を書いたり、非常勤講師を引き受けたりして、「分野を広げる」努力はされた方が良いのではと思う。大学院生が減少している昨今、現場は研究専門領域におけるストライクゾーンを広めに取らざる得ない。引っ掛かるだけで評価は高まる。

 「研究専門領域=担当科目」と考えないことも大事。研究専門領域(論文や著書)から考えて募集する科目を担当できると現場の選考委員に納得させることが出来れば、チャンスは広がる。

 あとは勤務地や特定の大学に固執しないこと。家族の関係とか色々あるのでしょうが、Fランや地方の方が相対的にチャンスは多い。大学教員は、一般企業と比べて他の研究機関への移籍は普通であり、最初の就職よりハードルは低い。

 

 参考になりましたでしょうか。これを読んで違和感を感じた大学教員の方は是非差し障りのない範囲でご自身の経験を記事にしてみては如何でしょう。 

 

 続篇を書きましたので、宜しければ御覧ください。

 

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