lecturer's blog

中の人→しがない大学教員。適度にフィクション。

続 大学教員への就職が決まらないとお嘆きのあなたへ(First Academic Position 篇)

1.はじめに

 数年前に書いたブログを多くの方にお読み頂いたようでありがとうございます。

keizaibakutothesecond.hatenablog.com

 ということで、続篇を書こうかなと。

 基本事項の大学教員数ですが、私の過去の予想に反して、僅かながらですが増えている。出典は学校基本調査。

 これも既に別稿で論じましたが、男性の本務教員は微減、女性の本務教員は右上がりで増加。詳しくはこちらを。

keizaibakutothesecond.hatenablog.com

 前回の記事は、序文に書いた通りポスドクの研究者のツイートに触発されて書いたので、今回は若手研究者向け、特に文系の若手研究者向けに論を進めたい。

2.若手大学教員の現状

 残念ながら令和4年度の学校教員統計がまた公表されていないので、令和元年度までのデータからみた、30-34歳の本務教員の分野別及び職位別の構成は以下の通り。

分野別構成表

職位別構成表

 30歳-34歳の若手教員は、2001年の17,185人から2019年の14,266人と約3,000人減少している。若手教員が減少している理由は様々考えられますが、ここでは論じません。

 分野別にみると、教育、その他以外は減少傾向にある。保健の本務教員数は減ってはいるものの、若手教員に占める割合は増えており、拙稿が論じた全体の傾向と特に大きな違いは無いと思われる。

keizaibakutothesecond.hatenablog.com

 注目は職位別の構成。2007年4月1日の学校教育法改正に伴い、助教授が准教授に置き換わり、旧助手が、助教と助手に分割された。2001年度と比べて2019年度の「助教+助手」は旧助手より約1,000人、講師が約1,000人、准教授が約900人減少している。3職位とも減少人数はほぼ同じですが、2001年度段階で若手教員の約72%を旧助手が占めていたのに対して、2019年度では「助教+助手」の占める割合は約80%に増加している。後述しますが、この若手教員の職位構成の変化は、若手教員の就職、研究環境が様変わりしたことを示している。

3.文系と理系の違い

 若手研究者の大学教員への就職を考えるとき、文系と理系では世界が全く異なる。ここで言う理系とは「物理的な(実験装置等が備えられた)研究室で基本的に集団で研究を行う」分野を指し、一方で文系とは、所謂人文社会科学系で一般的な個人研究が主の分野を指す。

理系

 私は人文社会科学系の研究者なので、実態は良くわからないので、参考にしたHPを貼っておく。

nosumi.exblog.jp

 12年前のブロクだが、例の理研打ち切り騒動等もこの延長線上にあると理解できる。私なりに要約すると「万年助手という研究をしない常勤雇用の職員をなくして、任期制ポジション(ポスドク含む)を増やして、研究者になる機会を増やす」というのが、理系のここ10数年の流れなのだと思う。

 理系の特徴は、研究に人手がいるということ(特に実験系)。つまり、採用と研究が結びついていること。大型プロジェクトでは金額も大きく研究者を雇えるけど、プロジェクトが終われば雇用も終了という世界のようだ。文系と較べると、ポストは得やすいけど、パーマネントジョブは少ないので雇用は不安定。中には10年以上もポスドクを続ける人もいて、社会問題となっているのは皆さんご存知かと思う。

文系

 一方で、文系の場合、かつてCOE等でプロジェクト型の任期制教員の採用があり、現在も一部の研究大学で、研究専任型の教員の採用があるが、全体に占める割合は理系ほどではない。

 というのも、文系が教員が採用をする場合、「科目の担当教員」として採用する場合がほとんどだからで、採用と教育が結びついているからです。よって、文系の教員を採用する場合は、「①現任の教員が退職するケース」が最も多く、ついで「②学部、学科等の新設・再編により、新しい科目の担当教員が必要となるケース」である、①と②で大半を占める。

 分野によっては、①、②のケースがほとんどなく、非常勤講師の職の応募すら僅少という場合もある。既に述べたようにポスドク職も少なく、博士号取得後の民間企業採用も少ない。理系に較べると最初の仕事(First Academic Position)につくのは困難を伴う。

4.文系におけるFirst Academic Position

 2.で述べた若手本務教員の職位構成を思い出して欲しい。准教授、講師の割合が減って、助教が増えていることを指摘したが、これが大学教員の就職(特にFirst Academic Positionへの就職)に変化をもたらしたことを説明したい。

助手→助教の変化

 旧助手は大学教員への登竜門の位置付けであると同時に、形式上は正規雇用、つまり期間の定めのない教員であり、理系の万年助手等に代表されるように、一度就職すれば昇進しなくても居続けることが可能であった(厳密には、研究室のボスがいなくなると、解雇になる等制約があったそうですが)。一方で、文系の助手は人数が少ないこともあり、優秀な大学院生の青田買い的な要素が強かった(東大法学部の学部卒助手が代表的)。

 文系のFirst Academic Positionは、講師が一般的で、講師は任期無しで経験と実績を積めば、助教授、教授への昇進が期待されているテニュアのポジションであった。よって文系の大学教員への就職は、講師になれるのが最大の壁であったと言える。ところが、助手から助教に職位が変わったことで、ほとんどの助教が任期制、もしくはテニュアトラック制に変更された。助教に就職しても、任期満了までに次の職を探す必要が出てきた。

任期制教員の増加

 2007年の学校教育法改正による大学職位の変更により、任期制教員が大幅に増加した。これは言うまでもなく、非正規雇用の増加という社会的変化と連動している。任期制教員といっても様々で、大別すると、再任無し、テニュアトラック、再任有りの三種類に分類できる。個人的な観測だが、大規模な大学では理系分野の任期制職の拡大に伴い、文系の任期制職(助教・特任講師等)が増えている印象がある。

 再任無しとは字面の通りで、任期が満了した場合は、契約の更新を行わないものである。多くの再任無しの任期制教員は、若手の研究能力向上を意図し、校務や授業等の負担を軽減する代わりに、再任を行わず、次のポジションへの就職を促すものである。特に授業負担も少ないところは科目担当者として教員を雇用するという文系教員採用の制約が無いので、幅広い分野の若手教員の雇用に繋がっている面もある。文系の任期制職の多くはこれに該当する。

 テニュアトラックとは、将来のテニュア教員候補として教員を採用する制度で、任期満了前に業績審査を行い、審査が通ればテニュア教員として雇用される。ある程度授業、校務を負担してもらって、出てきた研究成果でテニュア教員に相応しいか判断する。テニュア審査の難易度は様々で、嘗ては審査の段階で外から対立候補を呼んで、対立候補を凌駕できないとテニュアになれない…という鬼のような大学もあったらしいけど。当然テニュア審査に通らなければ、再任無しのケースと同じで次のポジションを探さなければならない。文系では理系程多くない印象だが、若手の教員を年棒制教員として(年功序列型待遇の通常の正規教員とは異なる形で)採用して、昇任審査に通れば通常の年功序列型待遇として採用し直す等形を変えたテニュアトラック採用も見受けられる。

 再任有りとは、テニュアトラックと同様に、任期満了前に業績審査を行い、再任の可否を審査するものだが、暗黙の了解として、何事も無ければ再任という制度だと理解している。というのも、再任有りの場合、教授以下全教員が任期制の場合が多いからである。ほとんど再任されるといっても、形式上は非正規雇用で、教員サイドの満足度は低い。実際、少なからぬ大学が再任有り任期制を任期無し雇用に戻している。一方、再任有り任期制教員のメリットは、定年に縛られないことがある。定年を超えて、教員を雇用するには別途の職位(特任教授など)を作る必要があるが、再任有り任期制教員は再任審査を繰り返せば教員で居続けられる(但し、認証評価制度等別の制約がある)。

 

 文系の場合、任期制教員が増えたといっても、実質任期無しに近い再任有りを除けば、多くは若手研究者向けのポジションである。よって、一度テニュア職につくことができれば、長い間研究職につけるという構造は職位改正前とあまり変わり無い。但し、テニュア教員の登竜門である講師(もしくは准教授)への就職のハードルは、任期制の助教、講師が増加していることもあり高くなっている。特に有力大学であればあるほど、かつてのように指導教員のコネで院修了(場合によっては中退)で即講師採用というパターンは激減している印象がある。要はテニュアを得るまでの大学教員への就職活動が長期化している。

5.次のポジションを見据える必要性

 ここまで述べたきたように嘗ては、文系のFirst Academic Positionはテニュア職である講師を目指すものであったが、任期制教員が増加したことで、その様相が変わってきた。最後に特に文系の若手研究者に向けて、少し大袈裟だが大学教員への就職の指南をしたい。

 基本事項は3年前の記事と変わらない。研究業績を増やすこと、教育経験を積むことは当然として、「応募分野を自分の専攻より少し広めに考える」、「マイナーな分野の専攻の場合、メジャーな隣接分野の論文を書いて可能性を広げる」、「特定の大学に拘らないで、非有力大学、地方大学に目を向ける」の3点である。これらの詳細は前回の記事に書いたので、そちらを参照して欲しいが、いずれも大学教員への就職の可能性を広げる試みである。

 前回書かなかったが、教員公募で募集側が意図した人材が集まらない場合は、原則再公募か適任者無しで終了のいずれかである。気づいている人も多いと思うが再公募は結構多く、募集側が意図した人材が如何に集まっていないかの証左である。勿論、公募の意図は厳密に読み取ることは出来ないが、大学HPで前任者を探す(場合によっては現任の場合もある)、募集科目のシラバスやカリキュラムを探す、募集している大学のファカルティーの傾向(どのような分野の教員が多いか、出身大学)、大学の方向性(研究志向、国際化を目指す、地域連携を重視する等)を見ることで、ある程度判断することは可能である。少しでも多くの情報を拾って、募集側が意図した人材像を理解し、応募することで可能性は高まるだろう。

 既に述べた通り、任期制教員が増加したことで文系のFirst Academic Positionの壁は幾分低くなった。任期制教員では研究に専念できる環境が整っているが、一方で教育や校務のキャリアを積む機会は少ない。テニュアの大学教員は、教育(単に授業をするだけでなく、授業評価で相応の成績を収めることは必須)、校務(教務、学生、広報、入試、就職…)、様々な社会貢献をこなして、研究成果を上げる必要がある。テニュアの職を目指す時に、非常勤講師を引き受けて教育経験を積む、学会の裏方を引き受けるのは重要。審査する教員は、研究業績や教育歴もそうだが、数多くの校務を上手くこなしてくれるかもさりげなく見ている。

 最後になるが、非有力大学、地方大学の方が、トータルで見た研究環境が恵まれているケースも多い。いきなり、テニュア職を目指すとすれば、これら非有力大学や地方大学の方が可能性はかなり高い。有力大学の任期制教員で切磋琢磨しながらテニュアを目指すのも良いが、非有力大学でテニュアポジションを獲得し、教育や校務の経験を積みながらじっくり研究業績をあげ次を目指すのもお勧めしたい。研究が全てと思っている院生も多いと思うが、残念ながら研究に専念できる大学教員はほとんどいない。研究以外の経験を積んで、長く研究を続けられるようになって欲しい…と老婆心ながら思っている。