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中の人→しがない大学教員。適度にフィクション。

大学教員になれる確率

この記事の令和元年学校教員統計による最新版を上げました。よろしければ。

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 九大のオーバードクターの怪死は、同世代の私にとって衝撃的な事件だった。正直、ここまで追い詰められる前になんとかなっただろうという思いが強いが、とても他人事とは思えなかった。

 私は大学教員になれたのは多分に運が良かったからだと思っているが、一体どれくらいの幸運だったのだろうか…ということを知りたくなり、大学教員になれる確率(博士課程入学者数に占める大学教員数の割合)を簡単に計算してみた。

 結論から言うと、各年代で大学教員になれるのは大体5,000名前後博士課程入学者のうち大学教員になれる確率は近年低下傾向で40歳代で30%前後ということが分かった。

 

続編を書きました。宜しければ。

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1.大学教員数と博士課程入学者数

 詳細な話をする前に、基本的な事項の確認。

  平成元(1989)年と比べて、平成28(2016)年度では大学教員数は121,105人から184,273人と6万人以上増えている。この数字は本務教員数であり、非常勤講師等は含まれていない。また、短期大学の教員数は同期間において、19,487人から8,187人と1万人以上減っている。これは短大の大学昇格等により短大の数、学科数そのものが減少していることが影響しているのだろう。また、高等専門学校の教員は、3,869人から4,329人と500人弱増加した。

 短大、高専教員も研究教育職ではあるが、規模が大学に比べかなり小さいので、以降の議論は大学教員に絞って話を進めたい(仮に、短大や高専の教員を含めて分析しても結論はほとんど変わらない)。

 一方で、大学院博士課程の入学者数は、平成元(1989)年度の7,478人からピークの平成15(2003)年度には18,232まで増加した。この背景には1990年代から段階的に進められた大学院重点化の影響があったと言われている。その後、徐々に入学者数は減少し、平成30(2018)年度は14,904人となっている。博士課程修了者の就職状況が社会問題化して、博士課程入学者は減少傾向にあるものの、それでも今年の入学者数は平成元年度の倍近い水準であり、博士課程への大量進学の状況はあまり変わっていない状況にある。ただし分野別の人数をみれば、人文科学、社会科学、理学、工学等はピークの3分の2程度にまで減少した一方で、保健は未だ増加傾向にあるなど、全体の増減と必ずしも一致しない。しかし、分野別、年齢別の教員数のデータは無いので、博士課程入学者全体を基準に考える。

2.統計データについて

 本題に入る前に、利用した統計データについての説明をしておく。

 年齢別の大学教員数のデータは学校教員統計調査からとった。

 まず、年齢は調査年度10月1日現在の満年齢が基準になっている。平成28年度調査(直近の調査)を例にあげれば、45歳は、1970年10月2日~1971年10月1日が該当する。しかし、ここではわかり易さの為に1971年生とする。

 次いで、調査は3年に一度なので、平成28年度調査で45歳は、平成25年度調査では42歳…と各年齢について3年おきにしかデータが存在しない。同年齢で各年代を比較したいので、平成28年度の段階で3n歳、3n-1歳、3n-2歳の3グループに、1968年生(平成28年度で48歳)から1984年生(同じく32歳)を割り振る。

 一方の博士課程入学者数のデータは、学校基本調査よりとった。

 大学院重点化等の影響で、博士課程入学者が17,000人を超えた2000年度(1975年生)から2006年度(1981年生)を大学院重点化世代(以下、重点化世代)、それ以前1993年度(1968年生)までを大学院重点化以前世代(以下、以前世代)、それ以降2009年度(1984年生)を大学院重点化以降世代(以下、以降世代)と呼ぶことにする。ここで、各年度の博士課程入学者と大学教員の生年の関係は、「生年+25=博士課程入学年度」とする。勿論、大学浪人や留年、院試浪人等全ての人が25歳で博士課程入学できる訳ではないが、議論の簡略化のために仮定する。

3.年代別大学教員数

 まずは年代別の大学教員数の推移を示す。以下は、2.に書いたように3n歳、3n-1歳、3n-2歳の3グループの年代別の大学教員数である。グラフ太点線は以前世代、実線は重点化世代、細点線は以降世代を表している。

 

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グラフから読み取れることは次の4点

  • どの世代も30代半ばで大学教員数は4,000名を超え、40歳を超えた所で5,000名を超える。
  • 以前世代は、30歳代の早い段階で大学教員数が増える一方で、重点化世代の前半は以前世代よりは30歳代の教員数は少ないものの、40歳を迎えて教員数では以前世代を凌駕している。
  • 重点化世代の後半(79年生以降)は教員数増加割合が、重点化世代の前半より伸び悩み傾向にある。
  • 以降世代は、重点化世代の後半とほぼ同様のペースで教員数が増加している。

 以前世代の30歳代の教員数の伸びが早いのは、助手・助教・専任講師といった若手向けのポストへの就職が現在よりは容易だったことに起因していると思われる。一方で、重点化世代は、最初の大学教員ポストの獲得競争が熾烈で、教員数が以前世代より少ないが、層の厚さを反映してか40歳以降では教員数が逆転している。心配されるのは重点化世代の後半や以降世代がそれより前の世代に比べてなかなか大学教員になれていない現状である。

 

4.大学教員になれる確率

 ようやく本題。2.で説明した「大学教員数を博士課程入学者数で割る」ことで、大学教員になれる確率を求める。同様に3n歳、3n-1歳、3n-2歳の3グループの年代別の大学教員数/博士課程入学者数のグラフである。

 

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 3.で述べたように各世代の大学教員数は40歳過ぎには5,000名を超える水準に達するので、分母である博士課程入学者数が「大学教員になれる確率」を左右する。以前世代は博士課程入学者数が少ないこともあり、40歳代で40%近くになる。特に1968年生はほぼ50%に達している。一方で重点化世代は40歳前後で30%程度と落ち込み、重点化世代の後半(特に78年~80年生)は、40歳手前で30%を超えていない。以降世代は、重点化世代の後半より若干確率が高く、アカポス獲得競争のピークは2006年~2008年辺りに大学院博士課程を修了した世代と類推できる。

 ただし、2.で述べたように教員の年齢と博士課程入学年度は必ずしもリンクしない。また、大学教員の中には実務家教員の一部のように博士課程を経験していない人も含まれているので、この「大学教員になれる確率」はあくまで目安である。

 また、分母が博士課程入学者数なので、博士号取得者、博士課程単位取得退学者等を分母にとればこの確率は上昇することに留意されたい。

5.最後に

 さて、話を元に戻すが、九大の院生の自殺の件は多くの方が触れている。中でも榎木氏の論考は非常に説得的である。

news.yahoo.co.jp

 男性が行なっていた憲法学の研究がそのままできるとは思わない。しかし、その経験や経歴を生かす職業はあるし、余暇を使って知的なことはできる。

 その鍵は「夢のソフトランディング」だと思う。

 学問を極め研究者になる夢、教授になる夢…こうした夢を持ち、それに邁進することはとても重要だ。しかし、それが全て思い通りになる人はごく一握り。多くの人はどこかで夢に折り合いをつけ、現実と擦り合わせて生きていく。

 自分の才能と自分の可能性を天秤にかけて、適切に撤退することは正しい戦略だと思う。ただ、各世代で大学教員になれるのは5,000名程度、40歳までに大学教員になれる割合が30%程度という現状を考えると、「大学教員になれない」ことは、誰もが博士課程進学段階で想定しなければならないだろう。

 少し明るい話をすれば、私の周りには、一度大学教員になるのを諦め、公務員や企業に就職した人間が大学教員として採用される例が結構ある。大学に籍を置きながら非常勤講師等で食いつないで職を探すのも一つの方法だが、一度就職して研究専念をやめるのもまた一つの方法なのではなかろうか。大学教員にはサラリーマン(というか事務職)の素養が多く求められるので、社会人経験は大学教員に多いに役立つ。就職して使える時間は減るが、生活は安定するので、余暇に行う研究に意外と集中できるのかもしれない。

 私は今回の事件で、研究で喰えることの有り難さを感じると同時に、博士課程院生へのキャリア教育の必要性を痛感させられた。研究者志望の方はリスクを直視することを恐れず、リスクを回避する手段を講じながら、研究に邁進されることを願っています。

 

◇出典

学校教員統計調査:文部科学省

学校基本調査:文部科学省